旧東海道線・石部隧道跡

実は隠れ廃道フェチの私ですが、大学卒業までにここだけは絶対に行っておきたいと決めていた場所があります。
静岡県は駿河区と焼津市の間に、「大崩海岸」と呼ばれている場所があります。
太平洋の波を受ける海岸線の崖上に、ある廃墟があります。
有りし日は国鉄東海道線として使われ、その後車道化され、現在は海岸線にその威容を残し続ける
「旧東海道線 石部隧道」
どういう場所かと一言で言いますと、まあ隧道なわけですからつまりトンネルですね。
単線用のトンネルが2つあって、その一部は海による浸食で崩れているわけですが、その崩れ方が特殊で…
…と文章で書いてても分かりづらいと思うので、一目で分かるイラストを用意しました。こんな感じです。
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これは在りし日の石部隧道をイメージしたもの。海側の隧道の坑門が崩壊し、その崩壊した部分が浸食された海岸線にそのまま倒れている…という衝撃的なものです。検索を掛ければその威容を収めた写真がいくつも確認出来ます。(なお、現在はさらに崩壊が進んでいます。後述。)
私もこんな写真を書籍やインターネットで見ては、実際にこの目で見てみたいと思うようになりました。
そして、昨年秋、たまたまそのチャンスを得ることが出来、幸運にも実際に現地を訪れることが出来ました。


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ちなみにこの隧道の歴史については既に多くの方が調査発表しているため、ここでは多くは記述しません。ただ、その歴史にも物凄い特徴が表れているのは間違いないでしょう。
この隧道は1889年に、より豊橋側に位置するもう一本の磯浜隧道と共に開通し、その後1944年まで東海道線の路線として実際に使われていました。
一方、1940年代初頭に計画されていた「弾丸列車」計画に基づき、1944年にこれらの隧道群に並行する位置に日本坂トンネルというトンネルが建築されました。弾丸列車計画が頓挫した後、この日本坂トンネルは東海道本線に使用されることになり、同年に石部・磯浜隧道とその周辺区間は鉄道線としての利用を終え車道に転換されました
1962年にまたしても転機が訪れます。このころ弾丸列車の計画を引き継ぐ形で「東海道新幹線」の建築がはじまり、日本坂トンネルは東海道新幹線用に転用されることになりました。
そのため行き場を失った東海道本線は再び石部・磯浜隧道を用いて運用されることとなりましたが、この頃既に石部隧道の焼津側坑口は崩壊しており(1948年アイオン台風にて崩壊)、以前の旧線をそのまま利用することは出来なくなっていました。
結局、東海道本線は石部隧道の用宗側坑口磯浜隧道の焼津側坑口を結ぶような新しい隧道を造りそこを通るようになりました。その結果、石部隧道の焼津側坑口磯浜隧道の用宗側坑口、その2つに挟まれた灯り区間は放棄されることとなったのです。これが1964年。
それから現在まで50年の月日が流れました。放棄された区間は太平洋に面しており、常に海から浸食を受けてました。その結果、路盤や坑口は殆どが浸食により崩壊してしまいました。
磯浜隧道の用宗側坑口も、産業廃棄物処理場に埋まり消滅してしまいました。
これらの廃止区間の中で最もはっきりとした遺構を残しているのが、今回訪れた石部隧道の焼津側坑口です。
…文章じゃ分からないよね。
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2014年秋。
隧道付近の道路(静岡県道416号)は、がけ崩れによって焼津側で通行止めとなっておりましたが、用宗側(有名な海上橋)からはアプローチを掛けることが出来ました。
道端の駐車場に車を止め、アプローチルートを探す。
あれ?
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ココは観光地なのか?
看板の矢印の射す方向に進みます。
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水路のようなものが表れました。脇を歩いて進むことが出来ます。
ひたすら踏み跡をたどって下に降りる。多少のハイキングレベルの道が続きます。
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海の音が大きくなってきました。
…あれ?左側の石…
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これ、人工物ですよね。だいぶ藪におおわれていますが、色といい、形といい、自然の物には見えません。
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振り返りつつ見てみる…
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出た!
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先ほどの石は坑門の最上部の物でした。(何か専門用語があった気がするが思い出せない。)
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しかし、これは…やはり実際に見ると圧巻。
100年以上も前に建築され、50年も前に放棄され、以後誰の手にも管理されず放置されてきた隧道です。
日本や世界に残る歴史的建造物はおしなべて保存のための修繕として人の手が介入されています。それは勿論その建造物を完全な形で構成に受け継ぐという意味で重要な仕事でしょう。
しかし、この隧道はその反対です。
人の手が入っていないからこそ、美しいようにも見えます。
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山側の坑口。写真には写っていませんが、現地では入ってすぐに土砂によって閉塞しているのが見えました。地形的に考えるとこの奥は現在線に繋がってるわけで、閉塞も当然でしょう。
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海側の坑口。綺麗に見えますがこれは本来の坑門ではなく、手前に存在した坑門が倒壊し海に落ちたことで表れた断面です。
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その崩壊した坑門のパーツは、まるでプラモデルの部品のように海岸に転がされています。
ちょっと海岸に降りてみましょう。
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降りる最中に見つけた、路盤上に存在する橋台。
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一方こちらは海にさらわれた橋台。
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そしてレンガ作りの暗渠。先ほど通ってきた水路とこれらの橋や暗渠は関連があるのでしょうか?
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海辺にはいくらでもパーツが転がっています。
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アイオン台風で倒れた海側坑門の一部。波打ち際に倒れてから60年ほど経過していることになるのでしょう。
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そしてこれは、近年崩壊した山側の坑門?
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磯浜隧道側を臨む。路盤は殆どなくなっており、磯浜隧道も産廃処理場に埋まってしまったとか。
改めて海による浸食のパワーを感じます。
私がググってみた所その界隈ではかなり著名な廃モノと聞きます。
そんな著名な所に(初陣で)訪れることが出来たわけで、率直な感想を言わせて頂きますと、
自然も人間も凄い。と言う感じです。
もっと立派なこと言えればいいんですけどね、まあ…。
とにかく、これはインターネットなどで写真を見ても感じていたことなのですが、人工物が自然と一体化しようとしているように見えて、その一方でそこに人の営みがあったことを意識づけているようにも見えて、その様がとにかく好きなんです。
だから、まあ、大学生のうちに実際に見ることが出来て良かったと思ってます。…。
※この隧道は有志の方々?によって隧道内の整理などが行われているようですが、放棄されて時間が経っておりいつ崩壊してもおかしくありません。また明確に立ち入りが許可されているような場所でもないと考えられます。
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